シンガポール滞在記 2005年シンガポール旅行記 2002年シンガポール旅行記 シンガポール旅行サポート イベントカレンダー

2005年9月20日

シンガポールでの日本軍降伏から60年が経過

9月12日は、第二次世界大戦で、日本がシンガポールに対して正式に降伏をしてから60周年となる日でしたが、それを記念した式典が同日行われました。

マレーシア国境に近いクランジ戦没者共同墓地で行われた式典で、シンガポールのリー情報相は、「この記念式典は、第二次世界大戦での犠牲者に対して敬意を表するためのものであるが、生き残った人々も、その傷を癒すには長い時間がかかり、その記憶は決して忘れられないものである。」と述べました。



イギリスのイングラム国防担当国務大臣ら800人の参加者とともに、日本大使館の小島大使も式典に参加し、記念碑に花束を手向るとともに頭を垂れました。その様子は、戦争捕虜だった方々も、車いすに座って眺めていたということです。



歴史学者や生存者の話によれば、最大で5万人に上るシンガポールの18?50歳の華人が、日本軍侵攻の後に虐殺されたと言われています。この日本軍による虐殺は、中国の抗日運動にシンガポールが協力していたことへの復讐と、シンガポールの若者たちが日本軍に抵抗するのを防ぐために行われたものだとされています。



シンガポール独立運動の指導者であったリー・クアンユーは、当時19歳でしたが、かろうじて虐殺から逃れることができたそうです。彼は、「日本軍が間近に迫ったのを見て、日本軍は純粋な敢闘精神という点では、世界でもっとも優れている軍隊だと感じた。しかし、敵に対しては、野蛮人と同じような卑劣さと凶暴さを見せた。その残忍さは、ジンギスカンにも勝るものだっただろう。もし、広島と長崎に原子爆弾が落とされなければ、数十万人に上るマレーとシンガポールの民間人や、日本人でさえも数百万人が犠牲になっていただろう。」と書いています。



1945年8月15日に日本で原爆が投下された後の9月12日、シンガポールの日本軍は、連合国軍の東南アジア最高司令官だった英海軍のマウントバッテン提督に投降しました。



リー情報相は、最後に、平和が非常にもろいものであること、シンガポール政府は、今後も国際テロなどの脅威に対して警戒を強めていかなければならないと述べるとともに、8月15日に日本で行われた終戦60周年式典で、小泉首相が戦争について公式に謝罪したことに言及し、未来に向けて前進していくためには、歴史に正面から向き合う必要があると述べました。



私たち日本人は、こういったシンガポールと日本の負の歴史というのは、あまり気にしないことが多いのですが、こういった歴史があったということもよく知った上で、シンガポールとお付き合いをしていくことが大事だと感じました。



シンガポールに滞在していた時、8月頃になると、テレビでは第二次世界大戦をテーマにしたドラマをよくやっていました。



内容は、日本軍がやって来てシンガポールの若者を虐殺したり残虐な振る舞いをするが、その日本軍にシンガポーリアンが立ち向かっていくといったものが多く、私と妻は、ちょっと複雑な気持ちでそのドラマを見ながら、日本とシンガポールとの関係というものを考えてみたりしたものでした。

コメントする