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2002年8月 8日

いよいよ成田空港に出発

 そうこうしているうちに、6月29日がやって来ました。私は、前日も遅くまで残業で、旅行の準備はすべて私の管理人に任せきりでしたが、管理人の方は慣れたもので、完璧に準備をしてくれていました。当日も私は、朝から会議で出かけ、出発ぎりぎりにやっと家に帰ってきました。

 ところが、4歳の息子の方は、医者に行ったものの、熱が下がらず、まだ39度ほどの熱があります。どうしようかと相談し、1 息子の熱はのどから出ている熱で、危険な病気でないことははっきりしているし、そろそろ熱も下がる頃なので、とりあえず薬で熱を下げて旅行に行く 2 私の管理人と息子を置いて、私と、旅行のことを楽しみにしていた小学3年の娘だけ旅行に行く 3 旅行を取り止める

 という三つの選択肢があったわけですが、家を出るのが12時30分で、ぎりぎりまで迷いましたが、本人が「どうしても行きたい!留守番はいやだ!」というので、心配をしながらも座薬を使ってとりあえず羽田まで行ってみることにしました。

 39度近い熱があるのに、何で海外に?と思うかもしれませんが、親も行き当たりばったりです。管理人の何とかなるさの精神や下の子本人の行きたい気持ちに賭けてみました。それに、座薬という味方もあったし。かかりつけの先生も大丈夫でしょうと無責任のような意見に乗せられつい..

 というわけで、息子の熱は薬で下げて、まず地元の空港から羽田まで飛びました。息子は飛行機の中でもぐったりしていましたが、熱は下がったようで一安心。このまま熱が上がらないでいてくれたらと思いました。羽田に着いた後は、リムジンバスで成田まで移動です。このあたりは息子は熱が下がったためか、少し元気になっていて、動き回っていたのでした。

<いよいよ成田空港第二ターミナルへ>
いよいよ成田空港第二ターミナルへ

 成田空港では、第1ターミナルに到着しました。改装したもののやはり第1ターミナルは、ちょっと暗い感じがして、日系航空会社中心の第2ターミナルとは差別されているなあという感じがしますね。で、シンガポール航空のカウンターでチェックインしたのですが、出発2時間前でチェックインが始まったばかりか、カウンター前にはお客さんはほとんどおらず、すぐチェックインできました。カウンターの方のとても親切で、事前にリクエストしておいた、後方の窓側2人掛け席前後2列もちゃんと確保できました。ボーイング747では、エコノミーの窓側の座席は基本的に3人掛けシートですが、後方の窓側の座席は、胴体が狭くなっているたまに、何列か2人掛け席になります。

 家族4人の旅行では、席をリクエストしなければ、普通は中央の4人掛け席になってしまうのですが、今回の旅行では、子どもたちを窓際に座らせたかったので、この座席をリクエストして子供2人が窓際に座れるようにしたのでしたが、うまく確保することができました。なお、SQでは、座席の予約はまだリクエストベースということで、場合によっては確保できないこともあるという話でしたので、できるだけ早くチェックインするようにしたのでした。

 その後、出国審査を受けたのですが、今は出国審査の際に、出入国カードを提出する必要がなくなっていたのですね。知らないのは私だけのようでしたが。それから、待合室で出発まで待っていたのですが、やはり第1ターミナルだからなのでしょうか、どうも、小さな待合室にたくさんの航空会社の乗客が詰め込まされているような気がするほど、非常に狭い待合室でした。飲み物、スナックを売っている店も小さくて、たくさんの人が並んでいました。たしか、第2ターミナルでは、こんなではなかったような...

 息子の方はというと、熱は薬が切れたのか、38度後半。離陸時間に合わせて、再度座薬投入です。嫌がる子供を無理やり押さえつけ、格闘の末、無事お尻へ。トイレであまりにも泣き叫ぶので、ドアを開けるとみんなの冷たい視線を感じます。虐待?と思われたかも・・・

 「お薬入れないと、熱下がらなくて旅行にいけないよ!」とわざとらしく言いましたが、信じたかどうか、はぁ?。

 その後、出発のアナウンスがあり、飛行機へと向かったのですが、どうもボーディング・ブリッジが見あたりません。そして、廊下は1階への階段へとつながっているのでした。もしかして、"バス"で飛行機まで行くの? やはり、そうでした。なんと連絡バスで飛行機まで行きました。しかも、かなりの距離があったような気がします。我々が乗った便は、アメリカからの経由便のため、こういう形で乗り込むのは、仕方がないのでしょうか。それとも、やはり差別?

 というわけで、何となく納得できないまま、いったん暑い外に出て、息子を抱いたままSQに乗り込んだのでした。

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