ちょっとマレーシアへ
マレーシアは、シンガポールから最も近い国で、コーズウェイという橋(実は土手)でシンガポールと陸続きになっており、シンガポールの中心部からも車で30分もあればマレーシアのジョホール・バルに行くことができます。なお、私がシンガポールにいたときに、もう1本の橋が完成して、現在は2本の橋で繋がれています。ちなみに、このジョホール・バルは、ちょっと古くなりますが、平成9年にワールド・カップ・サッカーの最終予選が開催され、日本チームのワールド・カップへの出場が決まったところです。
私も特別サッカーが好きだったというわけではなかったのですが、会社の同僚が団体で応援に行くというので一緒に見に行きました。そのときは、シンガポール在住日本人の間でも突然サッカー熱が高まり、日本チームと同じ青いシャツを着て応援しに行こうということで、少しでも日本チームのユニフォームに似ているシャツを捜そうと、シンガポール中のデパートのスポーツ用品売り場やスポーツ用品店には、青いシャツを買い求める日本人がたくさん出没しました。そういう私も、5軒ほどスポーツ用品店をはしごして、やっとそれらしい青いシャツを見つけ、にわかサポーターとなってスタジアムに着ていきました。

試合の日には日本からも1万人以上のファンがシンガポール経由で応援に来ていたようです。日本からやって来た方たちは、ほとんどが当日の朝シンガポールに着いて、すぐバスでジョホールバルに行き、夜中に試合が終わった後、すぐにシンガポール空港に戻って、朝の便で日本に戻るというハードスケジュールのようでした。もちろん、シンガポールの在住日本人もかなり応援に行っていたようで、当日は、数百台の大型バスがシンガポールからジョホールのラーキンスタジアムに日本人を乗せていったのではないでしょうか。
普段はシンガポールの市街からジョホールバルまでは、1時間もかからないで行けるのですが、その日はものすごく込んでいて、何時間かかけてやっと競技場にたどり着きました。マレーシア側でもこの日の混雑を予想して(シンガポールの日本大使館でもいざというときに備えて職員を貼り付けていたので日本側から情報が入ったのでしょうが)臨時の入国審査場を作って日本人の入国者に応対していました。後にも先にもジョホールバルにあれだけの日本人が集まったのは初めてだと思いますが、競技場は9割以上が日本人のようで、相手側イランの応援席がぽつんとあって、ちょっとかわいそうかなあという感じもありました。試合の模様は皆さんご存じでしょうが、2対1と劣勢で、もうだめかと思っていたところからの逆転劇ということで、今でもその興奮は忘れられません。
なお、私は次の日の朝早くタイに出張に行くことになっていて、シンガポールの家に帰ってきたのが確か夜中の2時頃だったと思いますが、その朝、、また早く起きて空港に向かったのですが、空港では、日本チームの青いユニフォームを着たままイスに座って眠りこけながら飛行機の時間を待っている日本人のサポーターの皆さんが大勢いらっしゃいました。お疲れさまでした。
私は、結局仕事では1度もマレーシアに行く機会がありませんでした。ただ、仕事上、マレーシア政府の関係者と会う機会が何度もありましたので、その時の印象を話しますと、マレーシアの行政機構は、他の東南アジアの国々と比べてもかなり整備されているようですし、公務員も優秀な人が多く、特に英語力はとても高いようです。公務員に限らず、一般の人も英語が話せる人が多く、これは、イギリスの植民地であったことと、英語を公用語とするシンガポールとの関係が深いということがあるのではないかと思われます。
マレーシアでは、現在の首都クアラルンプールから南25キロに位置する地域に新首都プトラジャヤを建設しようという事業や、成田空港の14倍の大きさを持つクアラルンプール新国際空港を建設する事業、そして、ハイテク関連産業を誘致、集積するマルチメディア回廊といった、大規模な国家プロジェクトが進行中で、今後の展開が期待されています。

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