モスクワ冬の旅
2003年の1月、玄関のモスクワに仕事で行ってきました。全行程で4日間という短い旅でしたが、その時の様子をちょっと御紹介します。
1月の下旬に成田からの直行便でモスクワに向かいました。どうも私たちにはロシアのフラッグシップであるアエロフロートはイメージが良くなくて、できれば他の航空会社にしたいというのが正直なところだったので、いろいろと探してみたのですが、モスクワとの直行便はJALとアエロフロートしかなく、しかもJALは毎日飛んでいるわけではないということで、日程的にアエロフロートしか選択肢がありませんでした。ただ、噂によると、アエロフロートのパイロットの腕は天下一品で、どんなに天気が悪くても着陸できるので安心だということなので、安全性という点では大丈夫だと自分に言い聞かせました。また、1月下旬という厳寒の時期のモスクワ行きということで、普通のコートで万が一のことがあってはということで、ものすごく嵩張るフード付きのダウンジャケットを着込んでの出発となりました。ちなみに、出発の数日前のモスクワの天気をインターネットで見てみたら、マイナス30度!
あのアエロフロートということで、成田空港の出発ゲートも一番端で、もしかするとボーディングブリッジじゃなくてバスとか徒歩で乗り込むんだろうかとドキドキしながらの搭乗となりましたが、実際には他の航空会社どおり同様、ボーディングブリッジからの搭乗でした。
実は、前日の便がキャンセルになったとかで、飛行機は満席という状態だったのですが、そのお陰で、何と人生初のファーストクラスでの空の旅となったのでした。でも、後で旅行代理店に聞いたところ、料金的には他社便で行くノーマルのエコノミークラスとほとんど変わらないようです。私も、どうせアエロフロートだからサービスなんかも期待できないだろうなあと思いつつ飛行機に乗り込んだのですが、機体は結構きれいなA310でしたので、一安心でした。でも、シートについては、他社便で言うと1世代前のCクラス程度でしょうか、前後のスペースは結構ありましたが、フルフラットシートというわけでもなく、各座席にパーソナルモニターが付いているわけでもありませんでした。

サービスの方についても、やはり社会主義国時代の名残なのか、スタッフも愛想がいいというわけでもなく、シンプルなものでしたが、食事だけはすばらしかったです(Fクラスというのは、それが当たり前なのかも知れませんが、何せ初めてなもので)。しかも量が多くて、とても食べきれませんでした。帰りの便などは、Fクラスの客が我々一行の3人しかいなかったため、何度も「おかわりはいいか」と回ってきて、私がもういいと言うと、もっと食べなさいと叱られてしまいました(帰りの便は日本語が結構上手なロシア人のおばちゃんが専属のフライトアテンダントでした。)。
しかし、食事の後は前のスクリーンで映画をやっていたもののどこの映画かよくわからないような作品でつまらなそうだったので、とにかく寝て、到着を待ちました。
モスクワまでは10時間の旅で、夕方の5時30分頃に到着しましたが、さすがアエロフロートのパイロットということで、時間ぴったりの到着でした。
空港を出てホテルに向かったのですが、何か思ったほど寒くなかったのです。気温を見てみるとマイナス2、3度ということで、これだったら私の地元とほとんど変わりません。空港のフロアにいる人を見ても、普通のコートやジャケットを着ているようで、私のようにダウンジャケットで完全防備という人はまずいませんでした。ちょっと失敗したかも... ただ、帽子だけは例の毛皮の帽子を被っている人が結構いましたね。
モスクワの街についてですが、まず道路の渋滞がひどいなあというのが感想です。モスクワ市街は道路網は非常に発達していて、また広いのですが、道路が自動車が普及する前に整備されてものであるため、ロータリーが多いとか自動車が出入りしにくい構造になっているとかで、それが渋滞の大きな原因になっているということでした。もちろん自動車の数も多すぎるのでしょうけど。自動車ということだと、モスクワでは白タクが非常に多いということも聞きました。実際に、自動車の通っている通りで手を挙げると、すぐに普通の自動車が前に止まります。ここで、素人だとぼられるので、観光客とかはメーター付きのタクシーの方が安心なのでしょうが、我々にはロシア人の同行者がいたので、相場で乗ることができました。

宿泊したのは、ダニーロフスカヤという中クラスのホテルでしたが、ここは修道院(というか教会)の敷地内にあり、経営もその修道院がしているホテルとのことで、出入りは必ず門番のいるゲートをくぐらなければなりませんでした。その代わり、敷地内は非常に静かで落ち着いた雰囲気でした。ホテルには服装を見ると僧侶(という言い方でいいのでしょうか)の方々もたくさん宿泊していました。改装したてなのでしょうか、建物はきれいで、部屋もシンプルでしたがこぎれいな好感の持てる感じでした。ただ、ベッドだけは、板の上に薄いマットを載せたもので、大きさも小さいものでした。以前、ロシア極東ハバロフスクに行った時に泊まったホテルのベッドも同じような感じでしたので、ロシアのベッドというのは、このようなのが普通なのでしょうか。
次の日からは政府関係の団体などに行って打合せを行ったのですが、ロシア政府は現在、財政的に非常に厳しい状態にあるということで、建物はコンクリート造でしっかりはしているものの、内装はぼろぼろで、廊下は電気もなく薄暗い状態でした。また、少しでも収入を得るべく、政府の建物の部屋を民間会社に賃貸したりしているそうです。それにもかかわらず、暖房だけはしっかり効いていたのは、さすが厳寒の国ロシアならではでした。
夜は赤の広場に行ってみたのですが、暗くなってかなり気温が下がって大変だったのですが、ライトアップされて非常に美しかったですね。ついでに、近くのショッピングセンターなどでお土産を買おうということになったのですが、いろいろと探してみるものの、これといったものがないですね。連れて行ってくれたロシアの方は、マトリョーシカや、小物入れ等いろいろとロシアの伝統工芸品を見せてくれるのですが、どう考えても私の家に飾って合うようなものがなく、失礼とは思いましたが、何も買わないで帰ってきました。結局、日本へのお土産は、帰国の日に街のお菓子屋で買ったチョコレートでした。

それからロシアの食べ物についても、滞在中、「これはおいしい」というものにはお目にかかれませんでしたが、街の小さな食堂で昼食の時に食べた水餃子は、我々日本人の口に合うもので、とてもおいしかったです。ただ、この食堂で隣に座っていた紳士が、水餃子と一緒にウオッカの小瓶を注文して飲んでいたのですが、モスクワでは昼食時にウオッカを飲んで、それからまた一仕事をするというのは結構普通のことだそうです。ロシアの方々はお酒が強いようです。何でも、ロシアでは宴会なんかがあると、ビールは酒のうちに入らず、男性はウオッカと1瓶、女性でもワイン1瓶を飲むのが普通だということです...
ということで、特に変わったこともなくモスクワへの旅は終了したのでした。

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