アジア経済危機
※ ここで書いたことは、1998年4月頃の話です。ご存知のとおり、現在はアジアの経済危機は回復に向かいつつあるようですし、インドネシアの国情は大きく変化しました。
現在、タイやインドネシアを中心としたアジア各国で、通貨危機に端を発した経済危機が起こり、引き続き非常に厳しい状況が続いているのはご存知のことと思いますが、私がこのアジアの経済危機について現地で肌で感じた状況を紹介します。
平成9年の始めあたりから、タイバーツやインドネシアルピア等の東南アジア各国の通貨についての急激な為替レートの下落とそれに伴う各国の経済の落込みが報じられていましたが、シンガポールでは、それまでの経済がかなり順調であったため、為替レートの下落もあまりなく国内ではほとんど通貨危機の影響は感じられませんでした。私が実際に東南アジア地域の経済危機の影響を肌で感じたのは、1997年末に出張でタイのバンコクを訪れた時でした。
それ以前にも何度もバンコクを訪れており、経済危機が叫ばれ始めてからも、いつも道路は自動車やバイクで溢れて、ひどい渋滞であり、街には活気があふれていました。ところが、1997年末に訪れた際には、道路を走る自動車の数がめっきり減っており、渋滞もほとんどなくて街にも活気がないという状態でした。テレビのニュース等ではバンコクの街を走るタクシーの数が激減しているという話は聞いていたのですが、これほどひどいとは思っておらず、正直言って驚きました。また、バンコクに進出している日系企業の社員が飛び降り自殺したとかという噂も飛び交っていました。

また、私の勤務先の団体では、各国から地方自治体の職員を研修員として受け入れ、半年程度日本の地方自治体で研修を受けてもらうという事業を日本の各地方自治体と協力して行っていたのですが、平成9年度の募集においては、インドネシアとマレーシアが、国家の経済が厳しい状況であるという理由で、たとえ経費は招へい国である日本側が負担するとしても、海外に公務員を派遣することは原則として行わないこととしたということで、研修員の募集が困難になったということがありました。
そして、いよいよ1998年に入ってからは、シンガポールにおいてもアジア経済危機の影響がいろいろと出始めてきました。具体的には、シンガポールでは、ご存じのように「ジョブ・ホッピング」という頻繁な転職が一般的であったわけですが、1998年になると転職をするサラリーマンやOLが少なくなってきたということが言われるようになりました。これは、シンガポールの企業が経済悪化への懸念から新規の求人を差し控えるようになったことが原因であるとのことです。
また、1998年の3月頃に日本人駐在員の間で大きな話題になったのが、その当時、シンガポールには日本人は3万人くらいいると言われていたわけですが、日本企業がシンガポールからの撤退を始めたため、4月以降日本人の数は2万5千人くらいまで少なくなるのではないかということでした。人によっては、2万人くらいにまで少なくなるかも知れないという話も出ていましたが、確かにシンガポールから撤退をする日系企業がいくつか出てきていました。
このように、これまで経済的には順調で、為替の変動も少なかったシンガポール経済の雲行きが怪しくなってきた原因としては、基本的に小国シンガポールの経済というのは、周囲の国々に依存してきた部分が大きく、インドネシアやマレーシアに投資をしたり貿易をしたり、現地に事務所を持って事業を展開していた会社が数多くあったのが、それらの国々の経済が悪化したことにより、シンガポールの会社の経営も悪化してきたということにあるようです。しかも、そのような会社でも、これまでは何とか持ちこたえていたのが、今後はどんどん倒産していくのではないかという話も聞かれました。
今回の経済危機に対する各国の対応は、国ごとに異なっているようで、通貨危機のもととなったタイでは、国の体制がしっかりしていることと、それなりに大きい国であることから、当初は経済的にかなりの打撃を受けたものの、為替レートの下落を逆に観光客の誘致に結び付けるなど、徐々に回復に向かいつつる状況であると言われています。これに対し、インドネシアについては、国土は大きいものの、そのためにかえって国としてのまとまりがないことや、スハルト大統領が長期にわたり政権を維持してきたこと、あるいは、一部の富裕層に富が集中していることに対する不満が国民に高まりつつあることが、今回の経済危機に結びついて、現在非常に危険な状況にあるようです。

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