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1998年4月12日

シンガポールの国民性

シンガポールの人々の国民性については、なかなか一般的にどうだとは言えないようです。中国系、マレー系、インド系の人たちでは、かなりキャラクターが異なっているようで、印象としては、やはり中国系の人たちは勤勉でまじめですが、あまり愛想はなく、お金には細かいという感じでしたし、マレー系の人は、どちらかと言えばのんびりしていておおらか、お金のことはあまり気にしないような感じです。インド系の人たちは、見た目は目鼻立ちがはっきりしていて他のアジア系の民族とはちょっと違いますし、普段でも民族衣装を着ている人が多いので、第一印象は独特な感じを受けますが、話をしてみると普通だという感じで、結構進んだ考え方を持っている人も多いような気がします。

また、マレー系の人たちはイスラム教を、インド系の人たちはヒンズー教を信仰している場合が多いので、特に食事については気をつかう場合が多く、こちらがシンガポール人を食事に招待するような場合には、まず招待する人の中にマレー系やインド系の人がいるかどうかということをその名前により判断して、いそうな場合には宗教上問題のないような食事を予約するということになります。ただ、同じムスリムの人でも、食べ物については違いがあるようで、少しくらいであれば気にしない人や、だしを取るために豚肉を使っているだけでもだめという人もいて、どこまで許されるかということも一概にどうとは言えないようです。なお、中国系のシンガポーリアンは仏教やキリスト教を信仰しているようですが、特に中・上流階級の人たちにはキリスト教を信仰している人が多いようです。 

<ヒンズー教のスリ・マリアマン寺院(派手!)>
ヒンズー教のスリ・マリアマン寺院(派手!)

 

また、様々な場面でシンガポールというのは建前と本音がはっきりしている国だなあと感じます。日本の中学生がシンガポールの中学校を訪問して交流会を開くという機会に何度か同席したことがありますが、そこで生徒がする話を聞くと、日本の生徒が日本の文化の紹介や自分の趣味、スポーツなど、どちらかと言えばあまり堅くない話をするのに対して、シンガポールの生徒は皆、まず、私はこれからこのような勉強をしていって、将来はどんな職業に就いて国家のために貢献したいというようなことを話します。

日本の子供と比べて人生の目的をはっきりと持って勉強に励んでいると考えることもできるでしょうが、私には、先生達そして日本からやって来た人たちの前で、建前として自分が話すべきことを頑張って話しているような感じもしました。おそらく本音では日本の子供達とシンガポールの子供達では違った考えを持っているということもないのでしょう。その証拠に、全体の交流会が終わって、子供同士が自由に話をする時間になると、やはり子供のことですから、すぐに打ち解けて仲良く話をしています。

また、今の日本で、将来日本の国のために尽くしたいというようなことを話す子供たちはあまりいないだろうと思いますが、これは、日本では太平洋戦争時の軍国主義といったものが連想されるために、このような話はあまりしにくいということだと思うのですが、シンガポールでは、まだ建国して歴史が浅く、しかも多民族国家という性格上、国民が協力し国家を発展させていこうという気持ちを国民が持つことが重要と考えられているためではないかと思います。

ちなみに、シンガポールのテレビやラジオでは、政府が作った、国威発揚というか国民の統一と国の発展への貢献を呼びかけるような内容のナショナル・ソングと言われる曲(シンガポール政府は、最近はナショナル・ソングということばは使っていないようですが)が国のコマーシャルのように頻繁に流れています。でも、それらの曲は、堅い雰囲気のものではなく歌詞の内容さえ気にしなければ、曲はとてもいい曲で、私もテレビに入るといつもいいなあと思って聞いていました。日本の政府も少し参考にしてはどでしょうか?

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