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1998年4月 3日

多民族国家シンガポール

淡路島程度の面積しかないシンガポールですが、人口は300万人にも上ります。このうち永住権を持つ外国人が10万人、私のようなその他の居住外国人は31万人と、全人口の1割にも達しています。そのためでしょうか、街を歩いていても外国人だからとじろじろ見られるようなことはまずありません。

なお、日本人の居住者は3万人程度いるということで、つまり全人口の1%、外国人居住者の1割もが日本人居住者ということになり、ます。3万人という人口も、日本の地方の小さな市の人口と同じくらいであり、シンガポールの日本人社会というのはかなり大きなものだということになります。そのため、日本人が快適に住むためのインフラというのもかなり揃っていて、日本人小学校・中学校、日本人向けクリニック、各種日本食レストランなども、ほぼ完璧に揃っています。

民族的には、中国系、いわゆる華人系が8割を占め、マレー系が15%ほど、インド系が7%となっています。中国系とは言っても、元々中国の様々な地方から移り住んできており、シンガポーリアンに聞いても私の家は福建省出身だとか、私の家は潮州だとか、客家だなどといろいろあります。もう何代もシンガポールに住んでいるのですが、外見も南の方の出身と北の方の出身では何となく違っているような気がしますし、家で話す中国語もそれぞれの出身地の方言で話しているようです。

 <MRT(地下鉄)の乗客>
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ほぼこの三つの民族から成っているために、国語はマレー語ですが、マレー語、中国語(北京語)、タミール語及び英語の四つが公用語と定められています。ただし、行政用語は英語であり、実際に国民が日常話す言葉もいずれの民族でも話すことができる英語が中心になっています。中国系が8割を占めるシンガポールにおいて、マレー人、マレーシアのことばであるマレー語が国語になっているのは、シンガポールは、イギリスの植民地、日本による占領、そしてまたイギリスの支配を受けた後、1963年にマレーシア連邦の一つの州としてイギリスから独立したのですが、中国系が多数を占めるシンガポールはマレー人優遇政策を進める連邦政府と対立せざるを得なくなり、結局1965年に独立しシンガポール共和国となりました。

この際に、マレーシアや隣国インドネシア(インドネシア語は、マレー語と非常に似ています。)に配慮し、また、独立後もマレー社会を尊重することを示したものであるとされています。シンガポールは水でさえもマレーシアから輸入しているという資源がない国ですから、マレーシアを敵に回しては国が成り立って行かないということで、近隣諸国とはできるだけ仲良くしていこうということだったのでしょう。

ただ、実際にマレー語に触れる機会というのはあまり多くなく、国歌がマレー語であることとか、首相が1年に1回国民向けに演説をする機会があるのですが、その際には必ず演説の最初の部分はマレー語で行うということがあるくらいです。でも、学校ではマレー語の授業もある程度はしているようで、中国系のシンガポーリアンも少しはマレー語を話せるようです。シンガポールでローカルの幼稚園に通っていた私の子供も幼稚園でシンガポールの国歌を覚えてきて、家でも「?しんがぷーら?まりきーた?ばさら?」とか何とか、よくわからないマレー語で国歌を歌っていました(日本の国歌より先にシンガポールの国歌を覚えてしまいました)。

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